大型犬の関節に多発する代表的な症状の一つとして、股関節形成不全が挙げられます。日本国内では1980年代後半から90年代初頭にかけて大型犬ブームの頃は、ラブラドールレトリバーや、ゴールデンレトリバーなど大型犬が多く飼育されており、無理な繁殖もあってか遺伝性疾患である股関節形成不全の犬が非常に多く認められました。現在は小型犬の飼育率が高いため、大型犬は減少傾向ではありますが、未だに特に大型犬や超大型犬で多くみられる疾患です。
当院では以下のような大型犬の飼い主様には、成長期の間にレントゲン検査を受けることをお勧めしています。
好発犬種
ゴールデン・レトリーバー | ラブラドール・レトリーバー | バーニーズ・マウンテンドッグ |
グレートデン | ジャーマン・シェパード | セント・バーナード など |
Penn HIP(ペンヒップ)は
アメリカのペンシルバニア大学で考えられた股関節形成不全による『股関節の緩み』を評価する特殊なレントゲン撮影の方法です。
- 『Penn HIP検査』は特殊な用具を用いてレントゲン撮影します。
- 『Penn HIP検査』はトレーニングを積んだライセンス保有の認定医のみ検査がおこなえます。
- 当院では、院長が『Penn HIP認定医』ですので『Penn Hip検査』を受けて頂くことができます。
PennHIPのメリット
- 成長期に股関節の緩みの程度を調べれば、股関節形成不全(Hip Dysplasia)になり易いかどうかが分かります
- 検査結果から、股関節形成不全を発症・悪化させないための適切なアドバイスができます
- 股関節形成不全は遺伝性疾患なので、繁殖に適しているかどうかの判断材料となります
- 生後16週齢頃の早期に診断できた場合、恥骨結合固定術(JPS)という比較的簡単な手術で股関節形成不全の進行を防ぐことができます
- 10ヵ月齢以内の比較的早期に診断できた場合、二点骨盤骨切り術(DPO)や三点骨盤骨切り術(TPO)などの手術で股関節形成不全の進行を防ぐことができます
犬の股関節形成不全(Canine Hip Dysplasia, CHD)とは
- 最も一般的な遺伝性整形外科疾患
- 股関節炎を引き起こし、痛みや関節の硬直、生活の質の低下をもたらす
- 現在、治療薬や手術による治療法が確立されていない
- 犬種によっては、50%以上の犬がこの病気に苦しんでいる
- 臨床的には大型犬で発症すると、小型犬よりも症状が重くなる
股関節形成不全が発症する主な要因は
「股関節の緩み」だということが明らかになっています。つまり、股関節形成不全の状態で生まれてくるのでは無く、股関節に緩みがある犬が成長するにつれて股関節形成不全を発症するということです。1980年代、ペンシルバニア大学獣医学部の研究者たちは、股関節形成不全の発症の重要な要素である「股関節の緩み」を評価するため、より優れた診断法を開発しました。股関節は球状の関節であり、大腿骨頭(大腿骨の丸いボール部分)が寛骨臼(股関節の受け皿)に収まるような構造になっています。股関節の緩みとは、大腿骨頭が寛骨臼内でどれだけ「緩く」収まっているかを示します。研究によれば、股関節が緩い犬(過度な股関節の緩みがある犬)は、股関節がしっかり収まっている犬(股関節の緩みが少ない犬)よりも股関節形成不全を発症するリスクが高いことが分かっています。
PennHIP(ペンヒップ)検査
研究に基づいた股関節の検査手法である「PennHIP」は、股関節の緩みを測定するうえで最も正確な方法です。この方法では、生後16週齢の段階で股関節形成不全を発症する可能性のある犬を特定することが可能になりました。これにより、ブリーダーは繁殖に使う個体を早期に選別でき、獣医師は飼い主に対して生活環境の改善や予防策のアドバイスを行うことにより、病気の痛みや進行を最小限に抑えることができます。
PennHIP検査の流れ
PennHIP検査は、鎮静剤や全身麻酔をおこない、筋肉を完全にリラックスさせた状態でレントゲン撮影が行われます。PennHIP検査では、診察⇒鎮静/麻酔⇒3枚のPennHIPレントゲン写真を検査機関へ送付して評価、という流れになります。PennHIP検査を実施するには、獣医師は専門の認定医の資格を受ける必要があり、PennHIP認定医の院長の井尻が担当させて頂きます。
PennHIP検査の レントゲン撮影
PennHIP スクリーニングは、3つの異なるレントゲン画像(X線)で構成されています。
以下のレントゲン画像は、8か月齢のラブラドール・レトリバーのPennHIPレントゲン画像例です。
①股関節伸展レントゲン像
麻酔下で犬の後肢を伸展させた状態にしてレントゲンを撮影します。PennHIPでは、股関節伸展像 を用いて股関節形成不全(変形性関節症、OA)の兆候を確認します。
従来の股関節スクリーニング法は、この股関節伸展像(写真1)のみを使って、股関節炎の有無や関節の緩み(亜脱臼)を評価します。従来の撮影方法ではこの犬の股関節は正常と見なされてしまいます。なぜなら、股関節伸展像(写真1)では、関節炎や亜脱臼(緩み)の兆候が見られないためです。しかし、股関節伸展像では既存の変形性関節炎を検出できる一方で、関節の緩みを隠してしまうことがあり、関節が引き締まっており正常であると判断されてしまう恐れがあります。そのため、この犬のように関節炎変化が見られない場合、股関節伸展像だけでは、股関節形成不全を発症しやすい犬とそうでない犬を正しく判別することはできません。
②圧迫レントゲン像
大腿骨頭(大腿骨のボール部分)を寛骨臼(股関節の受け皿部分)に軽く押し入れます。
この画像により、大腿骨頭が寛骨臼にどの程度収まっているかが確認できます。
③牽引レントゲン像
特殊な装置を用いて、犬の関節本来の緩みを明らかにします。PennHIP法のこの特徴により、股関節の最大限の緩みを正確に測定することが可能です。この犬の股関節伸展像(写真1)と牽引像(写真3)を比較すると、牽引像では関節の緩みが大きく見られます。PennHIP法は、この牽引像(写真3)で明らかにされる関節の緩みを基準として、この犬が実際には股関節形成不全を発症するリスクがあること、そして将来的に股関節炎のレントゲン所見が現れる可能性が高いこと、を調べることが出来ます。
股関節の点数化と評価
PennHIP認定医は、3枚のPennHIPレントゲン画像を検査機関に送付して専門的な評価を依頼します。その後、以下の主要な項目を含む評価証がPennHIP認定医に送られます。
牽引指数 (Distraction Index, DI) DIは、股関節の緩み(股関節のボール部分が股関節の受け皿からどれだけ移動(牽引)できるか)を数値で示したもので、0から1の間で表されます。DIが0に近いほど関節の緩みが少なく(非常にしっかりした股関節)、1.0に近いほど緩みが大きい(非常に緩い股関節)ことを示します。関節の緩みが少ない犬は、緩い股関節の犬に比べて股関節形成不全を発症しにくいことがわかっています。DIが0.30以下であれば、股関節形成不全の発症リスクは非常に低いとされています。DIが0.7以上だと股関節形成不全が発症するリスクが非常に高いと判断されます。
関節炎の評価
PennHIPレポートには、股関節伸展レントゲン画像に基づいた関節炎の有無の評価も含まれ、股関節形成不全の程度も評価されます。関節炎の兆候が見られる場合、PennHIP認定医が病気について詳しく説明し、アドバイスをすることが可能です。股関節の緩みの程度について、犬は同じ犬種内での順位付けが行われます。このランキングはブリーダーにとって、繁殖犬候補を選択する際の参考となります。特に、股関節がしっかりした(DIが低い)個体が、将来的な股関節形成不全予防のための繁殖に推奨されます。DIの低い個体を繁殖に選ぶことで、数世代後には健全な股関節を持った犬が増えることが期待できます。
PennHIPの特徴
PennHIPは最も正確な股関節スクリーニング法で、生後16週齢の犬にも安全に実施可能です。早期に股関節の健全性を知ることは、繁殖用、作業用、家庭用ペットいずれの目的にも重要です。
ブリーダーにとって PennHIPの国際データベースに蓄積された情報により、同犬種の他の個体と比較した股関節の緩さを基準に繁殖個体を選択することができます。股関節がしっかりした個体を選ぶことで、次世代における股関節形成不全(CHD)の発症率と重症度を低減させることが可能です。現行の股関節スクリーニング法の中で、PennHIPはこれらの遺伝的変化に対して最も高い遺伝率を持っています。
作業犬・サービス犬機関にとって 作業犬やサービス犬の組織は、主要な股関節スクリーニング法としてPennHIPを初めて採用しました。サービス犬や作業犬の訓練には大きな投資が必要なため、股関節形成不全に対する遺伝的な素因を事前に確認できることは、将来のサービス犬や作業犬の健全性評価において非常に貴重です。
愛犬の飼い主様にとって 愛犬が股関節形成不全のリスクがあると判明した場合、PennHIP認定獣医師が早期に適切な対策(食事、薬、運動制限など)を推奨することで、病気の進行や痛みを遅らせたり軽減したりすることが可能です。